
「いやー、この前寝返りしたら肩を脱臼しちゃって・・・」
と、話を始めたのはI氏。
今年60歳になる独身のオジサン。
自宅で寝ているとき、何気に寝返りをうとうとしたら、右肩を脱臼。
仕方がないので救急車を呼んで救急指定の病院へ。
不運なことにヘボ医者しかおらず、30分格闘しても肩は入らず。
「全身麻酔をしますか」
注射で全身麻酔をかけてようやく入れてもらったとか。
まあ、これだけなら“ポテンヒット”程度の話。
ところが、I氏がこの後話してくれたのは“三塁打”級。
「もうクセになっているんですよ、ここを脱臼するのは」
高校時代の柔道の練習で、その悪いクセが始まったそうです。
「学生の時の話ですけどね、一生懸命アルバイトしてお金を貯めたんですよ・・・・」
そして、意中の女の子をデートに誘いました。
四谷の高級レストランでステーキにワインの食事。
40年ちょい前ですから、それはかなりの贅沢でしょうね。
その後、首尾よくその子をラブホテルに連れ込みました。
「女の子を裸にして、自分も裸になって、さあ行くぞ・・・という時に、ここがカクっとなって・・・」
脱臼してしまったそうなのです。
もうこの時点で周りは爆笑。
私は机を叩いてゲラゲラと笑っていました。
「困っちゃうんですよね。夜中だったし。仕方がないのでホテルから救急車を呼んだのですが、服を着なきゃいけないでしょ。片手じゃ服も着れないんですよ。それで、彼女に頼んでパンツを履かせてもらって・・・」
パンツだけでなく、ズボンもシャツも彼女に着せてもらったそうです。
それで、救急車がやってきてI氏が乗り込もうとしたとき、
彼女が悲しそうな顔でこういったそうです。
「アタシも付いていかなきゃダメ?」
脱臼してラブホテルから救急車で運び出されるのに、
女性としては付いてはいきたくはありませんよね。
「いったいどんなことをすれば脱臼するの?」
救急隊員にも病院の人にもそう思われるでしょう。
I氏は当然「君は来なくていいよ」と言わざるを得ません。
本当はまだ何にもしていないのにw。
結局、一人で救急車に乗って出発。
四谷だったので慶応病院に運び込まれたそうです。
それで、無事に脱臼は直してもらったとか。
「ところが、その時点で夜中の2時くらいでしょ。もう帰れないんですよ」
「そ・・・それでどうしたんですか?」とおなかを押さえて聞くと、
「仕方がないからタクシーでホテルに戻りましたよ。当然、彼女は帰っていないし、一人でベッドに寝ました。あんなまわるいベッドに一人で寝るなんて、落ち着きませんでしたね」
「そ・・そ・・それから、その彼女とはその後どうなったのですか?」
「いやあ・・その後、すぐに会わなくなりました」
当時のI氏のアルバイトは時給100円だったといいます。
その夜に費やしたお金は、食事にホテルに病院、タクシーなど
合わせて4万円だったそうです。
400時間・・・1日8時間で50日ですぜ!
これは、昨夜我が事務所に集まったオッサンたちに披露された話の一つ。
昨日は、これがサイコーでしたね。
私も含めて、5人のオッサンは涙が出るほど大笑い。
もうひとつだけ。
ロリコンH氏の話。
彼は25歳くらいの頃、都下のある街で
女子高校生とかなり愉快に過ごした時期があるそうです。
たまたまナンパした女子高生が、その友達を紹介してくれて・・・
という見事なまでに「友達の輪」が広がって、
次から次へと女子高生たちを・・・してしまったとか。
「当時、東京はヘンな条例なんかなかったですからね。今はダメみたいですけど」
なーんて、ニヤニヤしています。
その女子高生の通う学校が音楽系の附属だったそうです。
彼にとって、その当時のことは人生のバラ色の思い出のひとつみたいで
「音楽系の女子高生」というのを想像するだけで、
カラダの一部分がムズムズと浮かれ出す習性ができてしまったのです。
それでたまたま私の長女の話になって、
「朝の5時前に校門の前に並んで練習室を取っているみたい」
なんて話すと、ギラッと目が輝きます。
「あ、だったら僕、何か温かい物を差し入れに行きますよ。朝5時ですね。なんだったら、送り迎えにウチのベンツ出しましょうか。それとも・・・ウチの方が学校に近いから、下宿してもらってもいいですよ。ウチのジジイとババアは追い出しますから・・・」
なんて、30%は確実に「本気」が入っています。
まあ、そのへんで終わればよかったのですが、
わりとしつこくこの話題を続けてきます。
そこで私、ついに撃退を決意。
「Hさんさー、いいこと教えてあげましょうか。ウチの娘ね、よく前田敦子に似ているなんて言われるらしいんですよ。アッ、好みですか? それはよかった。でもね、もうひとつよく言われることがあってね。それは顔が私にソックリだってこと。それでもいいですか?」
それを聞いたロリコンH氏、ギョギョッと三歩は引いた顔。
聞いていたほかの4人は爆笑。
「このパソコンに入っているから見せてあげますよ」
そういって、画面に子どもの写真をアップで出しました。
5人のオッサンたちがどどっと寄ってきます。
「ね、ソックリでしょ?」
「・・・・ウ・・・ホントだ」
そこでH氏以外の5人はまたもや大笑い。
とまあ、こういうバカっぱなしを
昨夜は楽しく4時間ほど続けたわけです。
人生何が楽しいといって、酒を飲みながら
こういうバカな話題で盛り上がるのが一番ですね。
特に昨日は「霞の会」という名前がついた集まりでした。
かのロリーH氏が4年ほど前に私に電話をかけてきて、
「最近どうですか?」と聞かれたとき、
「霞を食って生きています」
と答えたことから名づけられました。
だったら、霞を食っている昔の仲間で集まろう、という会。
1年に1回集まってやることは、ひたすらバカっぱなし。
仕事の話は1%未満。
昨夜の参加者は
ロリコンH氏(広告代理店営業)
2年保育主義K氏(同じく広告代理店営業)
ダッキューI氏(看板会社経営)
元甲子園球児T氏(CG制作会社経営)
ロマン派詩人O氏(不動産会社幹部)
そして、私。
平均年齢は多分50を超えています。
みんな、いい歳をしてバカです。
ゲラゲラ笑って過ごすうちに、時間はあっという間に過ぎて終電間近。
「じゃあまた。今日はありがとうございました」
みんな、そういって機嫌よく帰っていきました。
私も帰り道に歩きながら、思い出し笑い。
若かりし日はイケメンだったであろうI氏が、
ラブホで女の子にパンツを履かせてもらっているシーンを想像すると
おかしくっておかしくって。
さて、最後はマジメにマンションレポートの更新情報
文京区総集編
全23物件を分析
価格 5,980円
文京区のマンション市場も刻一刻と変化していますね。
安い物件は安くなりました。
でも高い物件も多いですね。
この「全23物件」を上げて置きましょう。
A-standard 本郷三丁目
ステージグランデ文京白山
ジオ文京 大塚仲町
クレヴィア茗荷谷
ザ・パークハウス 茗荷谷富士見坂
ザ・パークハウス小石川後楽園
ブランズ文京小石川Park Front
プレミスト文京音羽
ザ・パークハウス小石川春日
プラウド小石川
グランスイート文京音羽
ティエドゥール茗荷谷
シティハウス文京千石駅前
シティハウス文京本駒込
シティハウス本郷三丁目
ウェリス文京本駒込
ガーラ・レジデンス文京本郷
オープンレジデンシア本駒込
ベルドゥムール文京小石川
Brillia 東大前
セジョリ御茶ノ水
アージョ文京千駄木クレアーレ
CONOE<本郷三丁目>
この中から、茗荷谷・小石川エリアだけを抜き出して編集したのが
「茗荷谷・小石川」
期待の「プラウド小石川」登場!
価格 2,980円
取り上げている物件は
ジオ文京 大塚仲町
クレヴィア茗荷谷
ザ・パークハウス 茗荷谷富士見坂
ザ・パークハウス小石川後楽園
ブランズ文京小石川Park Front
ザ・パークハウス小石川春日
プラウド小石川
ティエドゥール茗荷谷
文京区全体の物件についてお知りになりたい場合は
「文京区総集編」を。
茗荷谷・小石川エリアだけが必要なら
「茗荷谷・小石川」で十分です。
ふと気が付いたら、1月もすでに24日。
毎日、寒い!
といっても、私の子どもの頃に比べれば随分マシだと思います。
ところで、最近「地球温暖化」の話題が出ませんね。
CO2の排出問題もどうなったのでしょう?
私は、この国で「環境破壊から地球を守ろう」などと
いっている人々が胡散臭く見えて仕方がないのです。
彼らの大半は今、「日本から原発をなくそう」と言っていそうです。
10年以上前に「買ってはいけない」という、
まるで私のレポートの元祖みたいな本がミリオンセラーになりました。
最初にアレを読んだとき
「うーん、よし。俺も買ってはいけない生活をしよう」
などと早合点したものです。
でも、その後に出た反論本
「買ってはいけない、は買ってはいけない」
の方によほど説得力がありました。
だから、私の「買ってはいけない生活」も三日で終了。
自然食品も有機野菜もスルーです。
今回の原発・放射能の騒ぎに対しても、
いたって冷静に受け止めています。
しかし、少し前に騒ぎになった放射能コンクリートはいただけません。
年間11ミリシーベルトは、それ自体大したことなさそうです。
私がそこに住むのなら、全然OKです。
でも、子どもにはちょっと怖いですね。
世間の大半の親御さんも同じだと思います。
もっとも、年にX線撮影を3、4回やれば
それくらいは被曝するそうですが。
問題のコンクリートが首都圏のマンション建設に使われた、
という報道は今のところなさそうですが、油断はできません。
経済産業省は、なるべくそういう騒ぎを避けたい体質です。
分かっていても発表しないことが考えられます。
ですから、これからの新築マンションの内覧チェックには
ガイガーカウンターが必需品になるかもしれません。
もっとも、年間11ミリシーベルト程度の線量ならば、
傲慢なマンションデベが契約解除に応じるとは思えませんが。
最近気になったニュースをもうひとつ。
プラウドシリーズで知られる野村不動産は、野村証券の子会社です。
その野村証券がかなりヤバいという噂ですね。
優良子会社(?)である野村不動産や野村総研も売却するとか。
そうなると、野村不動産は社名変更ですか?
親会社の野村証券は別名「ノルマ証券」と呼ばれるほど営業志向の会社。
その子会社である野村不動産も、
「ノルマ不動産」と呼びたくなる体質があると思います。
マンション分譲事業というのは、物件ごとに「担当者」がいます。
その事業における担当責任者。つまりリーダーです。
建築・設計はもちろん、販売、広告、契約、引渡し、管理まで
事業全体に関して責任を担うワケです。
ハッキリ言って、マンションンの出来不出来はこの「担当者」次第です。
「プラウドだから安心」とか「三井だから信頼できる」
なんて考えている人がいますね。
実は、マンションの品質とブランドは必ずしも連動しません。
野村不動産や三井不動産にも
「欠陥マンション」と呼ぶべき「実績」がいくつかあります。
ただし、他社に比べると少ない、であろうとは想像します。
なぜなら、この両社ともに「担当者」の平均的な質が高いからです。
これは、三菱地所や住友不動産についても言えます。
私が過去に経験した限り、この4社は人材の層が他社より厚いのです。
ただ、それぞれに「社風」というものがあります。
野村不動産に関して言えば、それは「ノルマ不動産」ですね。
「担当者」は恐ろしいプレッシャーを受けながら
仕事をしているように思えます。
「失敗が許されない」環境だと聞いたこともあります。
傍から見ていても、やることにスキがありません。
外部に対しても、同様のプレッシャーをかけてきます。
だから不動産広告業者にとって、野村は「しんどい相手」。
「野村不動産の仕事は受けない」と公言していた制作会社を、
私は何社も知っています。
その野村不動産も、親会社の経営不振が続けば
そのうちどこかに「売り飛ばされる」のでしょうね。
国内では、「ノルマ不動産」を御せる企業を見つけるのは
難しいのではないかと想像します。
そうすると海外ですか。
まさか支那の企業に買われたりして・・・・
そうなったら、私としても少しは同情するのですがw。
今日、中学生の息子は神田の古本屋に行って5000円の本を買ってきました。
彼の趣味に関する本で、30年ほど前に発刊されたものだそうです。
もちろん、今では絶版になっているのでしょう。
家に帰ってきて、アマゾンで調べたら同じ本が4000円で出ていたとか。
「俺はちょっと損をしたな」
などという割には、本人はいたって嬉しそう。
お年玉とはいえ、自分のお金で買っているのだから、
私としても文句はいえませんね。
「ゲームを買うよりいいだろ」などと、本人はご満悦。
チラと見せられましたが、ちょっと小汚い四六版の専門書。
「まあな。ワシがお前の歳の頃には5000円くらいのモデルガンを何丁も買っていたから、それに比べりゃあマシだろう」
そんなことを言いながら、笑っておりました。
私の中学生の頃のモデルガン趣味は、高校生の時には終わっていました。
あまり関係ありませんが、学生時代の友人に田中君というのがいます。
彼は、もう10年以上も前から親の後を継いで700人くらいの会社の社長。
その田中君が時折フェイスブックで
「小遣いが少ないから好きなモデルガンが買えない」
とグチっています。
嫁さんに内緒にしながら通信販売で買ったモデルガンを
ひとり社長室で愛撫している姿を想像するとおかしくてw。
まあ、それは余談として・・・・
前に書いたように、私は古本屋の息子に生まれました。
生家はすでに廃業。親父は20年ほど前に逝きました。
ただ、子どもの頃は本に囲まれて育ったので、
「ありがたみ」というものがありません。
本というのは、いつもタダで読めるものでしたから。
実家を出てから初めて、自分のお金を出して本を買うようになりました。
でも、今でも本にお金をかけるのには抵抗があります。
だいたい1年に50-100冊の本を読みますが、ほとんどブックオフの105円本。
雑誌は年に数冊しか買いません。
かつてはナショナルジオグラフィックを定期購読していました。
それも数年前にキャンセル。
だから、最近の年間の書籍費はせいぜい1万円。
なのに、ウチの子供たちはみんな年間数万円分の本を買います。
先日、小四の次女を大きな本屋さんに連れて行って、やや奮発。
6冊くらい本を買ってやったら5000円くらいになりました。
それでも、本人は嬉しさ半ばという顔。
「ホントはね、この棚の本が全部欲しいの」
買ってやった本は2,3日で読み終わっています。
「お父さん、もう本屋さんへは行かないの?」
嗚呼・・・勘弁してくれ。
彼らの強い味方は公立図書館。
例の息子は、ヒマとスキがあれば近所の図書館に行きます。
地元だけでは飽き足らず、隣接行政区の図書館にも遠征。
今度は麻布の都立図書館に出張するそうです。
彼の不満は「国会図書館は中学生が利用できない」ことだそうです。
私が小中学生であった40年くらい前に比べて、
今の子供たちの「環境」は激変していますね。
私が感じる3大変化は「ゲーム」「インターネット」「図書館」。
このうち「図書館」は昔からありましたが、
昔に比べて普及率や利用率は格段に向上していそうです。
私の死んだ父は、無類の本好きだったようです。
生まれたのは大正5年。学歴は旧制中学卒業。
17の歳から働いて、好きな本をたくさん買ったそうです。
溜め込んだ本は、ほとんど大阪の大空襲で焼けました。
それでも、余った本を持って昭和23年に
京都の百万遍で古本屋を開いたのです。
まあ、その親父に比べれば私の本好きなどは平凡。
世間の普通の読書家の端っこに入れもらえる程度ですね。
ところが、息子を見ているとまさに「隔世遺伝」。
中学生なのにあんな小汚い本に5千円も払って嬉々としています。
彼の姉も妹も、まあ本好きの偏差値は70を超えているでしょう。
「本好き」というのは、世の標準からするとちょっと変人です。
まあ、私もそういった変人の仲間に入っていますね。
私の子供たちも、ほぼ確実にこの変人クラブの一員となるでしょう。
それは嬉しくもあるのですが、心配事も増えます。
なぜなら、マイノリティの人生を歩むことになるからです。
きっと、歳をとってから欲求不満を募らせます。
「なぜ、もっと多くの本を読めないのだ!」
そして、私のように依怙地になるのです。
「だったら、もう好きな本しか読まない。好きなことしか書かない。いいものはいい。ダメなものはダメと言ってやる」
世間に嫌われるのも気にせず、私のように
言いたいことを言う人間になるのでしょうか?
ちょっと・・・かなり・・・心配です。
私はここで何度もしつこく書いている通り、
小学生の頃に日教組の出来のいい先生方から
「お前はどうして他の子どもと同じことができないのか」
という類の説教を死ぬほど聞かされたおかげで、
大人の言うことをハナから信用しない子どもになりました。
三つ子の魂百までというか、
そのことは大人になっても基本は変わりません。
どんなに世間的に「偉い」先生がおっしゃることでも、
はたまた私以外のすべての人間が「そうだ」ということでも、
ハナから100%信じるということが不可能な心を持ってしまったのです。
今でも、自分の拙いアタマで考えて納得するまでは、
何事にも疑問を持ち続ける性質なのです。
もちろん、社会の隅っこで生きる大人なので
「そうですよね」と、適当に相槌を打つことはできます。
また、営業的に「○○さんのおっしゃっていることは、××大学の◆◆教授の・・理論みたいに素晴らしい」なんてお調子を副えておくも、わりあいと得意です。
こういうことには、日ごろからの情報収集と、
人並みに鍛えた形而上の想像力が大いに役立ちます。
まあ、それはどうでもいいことですが・・・
そういう私にとって、大いに不思議なことは
「どう考えても・・・なるじゃない」とか
「子どもが考えても、結果は・・・でしょ」といった、
ちょっと考えれば誰でも行き着く「自明な結論」に対して、
多くのいい歳をした、表面的には立派な教育を受けた、
しかも社会的地位がある大人たちが、
捻じ曲がった解釈をしていることです。
分かりやすい一例を挙げましょうか。
●社会主義は上手くいかない
これなんか、今や世界の読書人の99.99%が異議を唱えない定理みたいなもの。
でも、20年ほど前にソ連という歪な政体が崩壊するまで、
日本のインテリ社会では必ずしも多数派の考えではなかったのですよ!
今だって、国会に議席を持っている人の何人かは、
この考えに同意しないでしょ。本当に不思議なことです。
もっと身近な例を挙げましょう。
●日本政府は、借金を返せない
政府の債務は様々あわせて1000兆円といわれています。
そして、日本国の税収規模は40兆円です。
どうじょう君は「消費税を上げることで財政が好転する」
みたいなイメージを国民に振りまいていますが、
消費税1%はマックス2兆円の税収増にしかなりません。
5%から7%に上げたところで税収は多くて4兆円。
実際は景気が後退するから、せいぜい3兆円でしょう。
分かりやすく「兆」を「万」に置き換えてみましょう。
日本君の借金は1億円。年収は400万円。
大騒ぎして消費税を7%にあげても年収は30万円増えて430万円になるだけ。
それで、どうやって1億円の借金が返せるのですか?
これは実にカンタンな算数です。
でも「国債は国内で消化されている」から、とか
「国には資産がたくさんあるから」という理由で、
日本の財政は破綻しない主張する経済学者が大勢います。
でも、返せないものは返せないのです。
いずれどうにかしかしなければいけないことに変わりありません。
ギリシアやイタリアは「帳簿上」で誤魔化していましたが、
ユーロに加盟していたばかりにバレてしまったようですw。
日本はどうするのでしょうね?
日銀の帳簿の中で誤魔化すか、インフレにするか、デフォルトにするか・・・
さらに身近な、不動産市場の例
●日本の人口は減る、住宅のストックは増える
日本の人口が減ることは、日本の財政が破綻するよりもさらに明解な真実です。
なぜなら、それは「帳簿上」で誤魔化せませんから。
そして、毎年取り壊されるよりもかなり多くの新築住宅が建設されています。
住む人が減っているのに、住宅は増えているのです。
その結果どなるのか?
「需要と供給の関係」を教えられた中学生にも分かる答えが待っています。
もっとも、これは経済学用語で言う「マクロ市場」での話です。
「ミクロ市場」では、逆の現象が起きることもあります。
しかしそれは、あくまで部分的で一時的な出来事。
なのに日本の住宅ジャーナリストや住宅評論家は
どうして特異なミクロ市場の予想しか語らないのでしょう?
そのミクロ市場の、もっと分かりやすい話。
●首都圏の湾岸タワーマンション市場は暴落する
うーん、ちょっとタイトルが過激でしょうかw。
でも、これはかなりリアリティの高いテーマです。
理由はいたってカンタン。
さっきの「需要と供給の関係」です。
勝どき、晴海、豊洲、有明、月島、東雲、辰巳・・・・
こういったエリアには、今後3-5年で1万戸以上の
タワーマンションが売り出される予定です。
私が戯言をいっているのではなく、
事業認可された開発計画の戸数や、すでに計画が発表された
プロジェクトの戸数を足していくとそうなるのです。
これが、庶民でも買える価格で販売されるのであれば、
さほどの問題ではありません。
むしろ、「めでたし、めでたし」と喜ぶべきでしょう。
しかし、残念なことにそうではありません。
すでに昨年話題なった「プラウドタワー東雲」や、
今年の春先から販売が始まるであろう「ザ・パークハウス晴海タワーズ」の
価格政策を眺めていると、とても「庶民レベル」とは思えません。
ざっくり見て、年収1,500万円以上の方が対象でしょう。
統計によると、1,500万円以上の給与所得者は全国に50万人。
そのうちの1万人ほどが、この3-5年以内の間に、
津波の心配もある東京の湾岸エリアで、
地震や停電になるとエレベーターが停まるタワーマンションを、
都合よく買ってくれるでしょうか?
もし、買ってくれなければどうなるのですか?
私が学校で習った経済学の法則によると、
価格というモノは買い手が見つかる水準まで下落するそうです。
それが「市場価格の形成」と教えていただきました。
今は、このアダム・スミス以来の原則に変化があるのでしょうか?
それにしても、社会主義のインチキ性から
湾岸タワーマンション市場の脆弱性まで、
どうして多くの人々はハッキリとモノをいわないのでしょう?
何も難しいことはないと思います。
虚心坦懐に考えれば、誰しも同じ結論に達するはず。
ただ、いろいろな立場上の都合や、そこから生ずる
無意識の願望がそれを妨げているだけです。
心を自由にすれば、そういったしがらみから逃れられます。
みなさん、一刻も早く日教組のくびきから脱しましょう。
日本人にとってはほぼ「他人事」みたいに思えるイランの騒動。
実はちっとも他人事ではなくて、
恐ろしい影響があるのではないかと危惧しています。
イランが主張しているように、ホルムズ海峡が閉鎖されると
ほぼ100%の確率で戦争になります。
戦争自体はアメリカが主体となって行われるので、
日本はせいぜい事後処理のために掃海艇を派遣する程度でしょう。
しかし、間違いなく原油価格は高騰します。
場合によっては1バレル200ドルを突破することさえ想定できます。
原油価格が上がると、当然LNGや石炭も高くなります。
日本経済にとっては「コスト高」になること間違いなし。
特に、今のように原発が稼動できていない現状では
ますますおかしなことになりそうですね。
安全な原発まで停止しているこのヒステリックな状態を
早く正常化させてもらいたいと願うばかり。
この不況下で、なおさら経済を停滞させる大きな原因です。
さて、いつもの通り「そもそも論」をいたしましょう。
そもそも、イランはなぜああまでかたくなになっているのでしょう?
その大元はやはり宗教的な問題にあると私は見ています。
イラン革命が起こったのは1979年。もう33年も前のことです。
それ以来、イランは「イスラム原理主義の国」といっていいでしょう。
何事もアッラーの神の教えを忠実に守る、というのがイスラム原理主義。
当然、現代の文明とは相容れません。
現代文明の象徴であり、かつ異教徒の国であるアメリカは敵。
そして、イスラム教徒を迫害するイスラエルは獅子身中の虫。
そのあたり、時代遅れの金王朝を擁する北朝鮮とよく似ています。
だからかどうか、あの両国はとっても仲良しですね。
しかし、イランが北朝鮮と決定的に違うのは
石油を産する「資源国」であるということ。
北朝鮮にはわずかな鉱物資源があるだけで、
あとは1500万人ほどの飢えた人々が住む厄介な国。
アメリカとしては、できることなら「かかわりたくない」存在。
しかしイランには石油資源があるので、できれば「勢力下」に置きたい国。
当然ながら、なんやかんやとイチャモンをつけています。
そのあたり、傍から見ていると如実に違うのでおかしいばかり。
もうひとつ、イラン問題が北朝鮮のそれと決定的に違うのは
そこに「イスラエル」という予測不可能なプレイヤーが関わってくること。
先日も、イランの核技術者を「暗殺」していました。
いつかも書いたとおり、イスラエルという国は
自分の国が抹殺されるのではないかという恐怖感を、
その存続のエネルギーにしています。
実際、まわりのイスラム教国は、可能であれば
イスラエルという国を滅ぼしてしまいたいと願っているでしょう。
また、50年100年というスパンで考えれば、
イスラエルは滅ぼされる運命にあります。
そもそも、あんなに周辺国に嫌われていれば、
100年も国を存続させるのは無理です。
しかし、イスラエルのユダヤ人たちはあの地に国を持つ
正当な権利があると思い込んでいます。
そのあたり、世界が滅びるときに自分たちが選ばれて救われる、
という珍妙な教理を信じきっている
ユダヤ教徒ならではのKYさがよく表れていますね。
しかし、そのせいで彼らは国際社会のルールを無視したり、
ダーティな手段を用いても構わないと確信しているから、ちょっと厄介。
まあ、日本には余り関係ありませんが。
そのイスラエルは、周辺の敵対国が核武装をすることを容認しません。
イランの核開発はかなり進んでいるようですが、
「実用化」される段階になればイスラエルは必ず破壊しに行くでしょう。
なぜなら、イランの核兵器の対象は間違いなくイスラエルですから。
場合によっては、イランの核兵器を破壊するために
自分たちの核兵器だって使いかねませんね、あの国は。
翻って、わがニッポン・・・呑気なものです。
北朝鮮はすでに核兵器を保有しているとみなされています。
実のところ、私はあまりそれを信じていませんが、
ここでは北の核が「あるもの」という前提で論を進めます。
そもそも北はなぜ核を持っているのでしょう?
一番の理由は、核保有国となることで大国の仲間入りをしたいのでしょう。
核を持っているとアメリカや日本がビビッていうことを聞くのではないか、
お隣の宗主国である支那にもなめられないのではないか、
などという幼稚な発想が核保有へとあの国を走らせたのでしょう。
さて、北がいかなる理由であれ
「核をもっている」というのは恐ろしいことです。
何といっても、あの国には失うべきものが何もありません。
人民を満足に食べさせることさえできない、最貧国のひとつ。
自国民が何人死のうがまったく気にしない人々が統治しています。
彼らは、ただ核を持っているだけで満足するでしょうか?
あの狂った国が、日本に対して核兵器を使用しない、
というテーゼがあるのなら、その元になっていることはたったひとつ。
それは、日米安全保障条約です。
日本が核攻撃を受けると、アメリカが北にたいして核兵器で報復する・・・
本当にそうするかどうかは分かりません。
ただ、北はそう考えていることは間違いありません。
さて、日本は平和でボケた国です。
そもそも、多くの日本人は日本が戦争に巻き込まれたり、
核攻撃を受けるなどということをコレっぽっちも考えていません。
でも、世界でもっともオカルトな国が隣にあり、そこは核武装しています。
しかも、その国はイランがイスラエルを憎むのと同レベルかそれ以上に
日本という国を憎みきっています。
なのにどうして、この国の人間はノホホーンとしているか、不思議ですね。
日米安全保障条約は、未来永劫継続されるものではありません。
アメリカは日本を守ることに自国の利益があると考えているから
この条約を継続しているだけです。
いずれ、日本は自分自身の手で自らを守らなければならないでしょう。
核兵器も保有すべき時が必ず来ます。
というか、今でも日本は核武装すべきだと私は思っています。
現実的には、核拡散防止条約などの障壁がありますが。
であるにもかかわらず、日本は原発を止めようとしています。
今の世論では、「原発なんてないにこしたことがない」というのが
大きな流れになっているのではないでしょうか。
実は、私も「無いに越したことはない」とは思います。
でも、そういった情緒的な問題ではないのです。
代替できる有力なエネルギー源があるわけでなし。
また、将来の核兵器開発の技術を保持する必要もあります。
地震と津波は、2万人ほどの命を奪いました。
原発事故は何十万人もの人々に避難生活を強いています。
でも、未だに放射線被爆が原因とされる死者はゼロです。
多大の経済損失を生じさせましたが、
それでも原発の発電コストはペイするそうです。
「原発は危ないからなくそう」とか「戦争をしてはならない」
というのは、きわめて情緒的かつ幼稚な議論です。
いってみれば両方とも、「その通り」です。
その趣旨には誰も反論できないでしょう。
でも、「だったらどうすればいいの?」という視点が欠如しています。
CO2を大量に排出する火力発電に戻るのですか?
だまって北からの核攻撃を受けるのですか?
「そんなこと、絶対に起こらないよ」なんて考えている方は、
どこかの電力会社の偉いさんが地震の直後に繰り返した
「何分想定外のことだったもので」という言い訳を思い出しましょう。
30メートルの津波がやってくることに比べれば、
あのオカルト国家がトチ狂って日本に核兵器を運び込むことなど、
十分に「想定の範囲内」ではないですか?
あえて言います。
日本は原子力発電を続けるべきです。
これは、タワーマンション以上に「必要悪」ですから。














